俺には好きだった子がいた。 あいつは、誰からも好かれていた。 俺もその一人だった。 それだけの話だった。 俺には好きだった子がいた。 あいつは、とてもさばさばしていた。 普通の生徒なら怖がる、俺らみたいなドロップアウト側の人間とも平気で話をした。 俺には好きだった子がいた。 それに気付いたのは、会わなくなってからだ。 俺は別の子と出会い、そいつを好きになり、恋人になった。 それについては何の後悔もない。 そいつの方が好きだったと、今でも間違いなく言えるからだ。 そして俺は卒業し、あいつと会わなくなった。 毎日のように会う恋人。 もう会うことも、会う理由もなくなるあいつ。 その時、初めて感じた。 ああ、俺はあいつのことが好きだったんだなあ、と。 それは、後悔じゃない。 二つは選べない。 俺は最良の選択をしただけだ。 俺には好きだった子がいた。 ただ、選ばなかった選択と、可能性が いつまでも、俺の中に残っていた。 いつまでも。 それが消えたのはほんの最近だろうか。 同棲までした彼女が死に、落ち込んでいた生活から立ち直った頃。 俺には、娘がいた。 死んだ彼女に似た、可愛い娘だ。 こいつを育てることが俺の生きがいになった。 女の事なんて、考える暇なんて、なかった。 そんなある日、風呂のガスが壊れ銭湯に行くことになった。 俺は娘と二人で、銭湯に向かう。 その途中で、声をかけてくる女がいた。 それは娘の幼稚園の先生、つまり保母だった。 銭湯に行くことを話したら、娘を女湯に入れてくれると言った。 その先生は、俺がかつて好きだった少女だった。 俺はしばらくそれに気付かなかった。 気付いたのは、風呂を出た後だ。 なぜ気付かなかったのかと言えば あいつは保母なんてやる柄じゃなかったし それに それに、娘があいつを呼ぶその苗字が、昔と違ったからだ。 俺には好きだった子がいた。 あいつは、誰からも好かれていた。 俺もその一人だった。 ただ、それだけの話だった。 |