【田尾】「最終試合には……」
【田尾】「近鉄ファンがたくさん訪れました」
【田尾】「色とりどりの格好で……柄も悪くて……」
【田尾】「それでも…選手の前でだけは……真剣な目をしてました」
【田尾】「泣いてる人もいました……」
【田尾】「彼らは、本当に選手と深い信頼で結ばれた仲間だったんです」
【田尾】「だから、わたしは…」
【田尾】「勇気を持って、声をかけました」
【田尾】「楽天の監督です、って…」
【田尾】「少しだけ話をしました…」
【田尾】「そして、わたしは彼らが失ったものの大きさを、知りました……」
(「それは楽天」本文より)
春原曰く、彼女は五年前の木村佳乃に似ているらしい。最近の佳乃は薹が立ってきているが。だが、送られてきた写真を見ると、その女性はむしろピーコに似ていた。
「ヘタレ男、がんばれっ」
思わず有紀寧でさえもそう応援してしまいたくなる、そんな大恋愛であった。
まだデートさえしていない彼女に路地裏から突撃して、押し倒そうとした春原を、すんでのところで止めたこともあった。
御両親に会いに行くと気色ばんだ春原を、せめて一緒に食事ができるようになってからにしろ、と説得した時もあった。
キスの仕方が分からないから、有紀寧を貸してくれと言った彼を、無言で警察に突き出したこともあった。
(「貴方と雪を降らせたい」本文より)
後から思えば、そのつもりでいても、わたしは危なっかしくふらついていたのだろう。
「あぶねぇ!」
「え?」
急に強い力で引っ張られたわたしは、なすすべもなくアスファルトに叩きつけられた。衝撃に目の前が暗くなり、吐き出そうとした息がまた肺に押し戻される。苦しさで遠くなった耳にかすかに聞こえるクラクション。そして排気ガスを吹き付けて車が遠ざかっていく。
それらの出来事がようやくひとつにまとまって、ここで初めて自分が轢かれそうになったのだと分かった。
「大丈夫か?」
不意に上から声をかけられる。わたしは反射的に顔を上げた。一瞬視界がぶれて、めまいに似た感覚が起こる。
(「道草の味」本文より)
椋さんの言いたいことは想像がつく。わざわざ朋也さんから離れたぐらいだもの。間違いなく朋也さんのこと。
けれど、さすがにここまで踏み込んじゃっていいんだろうか。
やっぱり促すように聞くのは止めておこう。ここから先は椋さん次第。
手を差し伸べるだけじゃ駄目だって、お兄さんは言ってたし。
椋さんがぐっと身体に力を入れた。固く目を閉じ、そのまま
「力を貸していただけませんかっ!」
…………………………きーん
今までの椋さんの喋りの音量をを全て足したような大きな声が、女子トイレに響き渡った。
というか、外にも確実に漏れたと思う。
椋さんは顔を紅潮させて、少し涙目になってわたしを見つめていた。まだ手が少し震えている。
わたしはというと、まだ耳がきんきんしてしまっていて、何も答えられずにいた。
軽く首を振って、耳の違和感を追い払う。そして軽く呼吸を整える。
「全部とは言いませんが、少し説明していただけませんか?内容を把握しなければお手伝いも出来ませんから」
(「陽だまりに立ち上る湯気」本文より)
「で、あんた達、どこまで行ったわけ?」
くるっと振り返って、いきなりな質問。わわわ、お姉ちゃん危ないよ、という妹の声も、大丈夫よ、の一言で一蹴。
妹の方もやはり興味があったのか、期待に満ちた眼差しを有紀寧に向ける。
「ちょっと待った。お前ら、何て質問を――」
まばらな蝉時雨が降る中、濡れて光る路面の上で自転車が揺れた。
「ま、まだ、藤林先輩たちが想像しているようなところまでは――」
「ふぅん、あたしの想像が分かるの」
「上と下を入れ替えてしたりとか、避妊用具なしでしたりですか?」
「なっ」>
今度はスクーターの方が揺れる。有紀寧はほえっと無邪気に小首を傾げると、
「もしかして、何か変なことを言ってしまいましたでしょうか?」
「当たり前だっ」>
叫んだのは朋也だった。容赦ないスクーターの速度に合わせようと、自転車のペダルを懸命に回して、息を絶え絶えにしながら。
「まだキスまでだろうがっ、しかも俺が半分無理矢理奪ったやつ!」
言い終わってから気が付いたらしい。朋也は、あっ、と小さく声を漏らした。
(「S.R.S.」本文より)
「ですが風子、あなたの名前を知りません」
風子の言葉に、有紀寧は自己紹介がうやむやに終わっていたことを思い出す。
「ごめんなさい。わたしは宮沢有紀寧と言います。この学校の二年生です」
「宮沢さんですね。分かりました。アンテナ宮沢さんです」
「出来ればアンテナはなしでお願いします」
有紀寧は直そうとしても直らない癖毛を押さえつつ言う。
「ですが、そのままでは芸名としては弱いですよ」
「デビューの予定はありませんから、大丈夫です」
「そうですか、では宮沢さん」
風子は有紀寧に改めて向き直る。
「これ、プレゼントです」
そして、有紀寧に何かを差し出す。
「これは、お星様ですか?」
「違いますっ! これはヒトデですっ」
風子が激昂して言う。
「ほえ……ヒトデさんですかぁ」
その木彫りは、辛うじて五つの頂点が見えるが、ヒトデにはあまり見えなかった。
「まったく。ヒトデを間違えるなんて。宮沢さんはおっちょこちょいですっ。そのアンテナは伊達ですかっ」
「残念ながら、伊達です……」
(「How About Sweet Sweet Coffee?」本文より)
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